沖縄の終戦記念日 6月23日

2019年06月23日

1945年6月23日 大東亜戦争の激戦地、沖縄で戦闘が終結した。
沖縄ではこの日が『終戦記念日』であることを知った。
皆の心に623と刻まれているのだ。

数年前、沖縄に行った時のことを思い出したのである。
地元のご婦人がツアーガイドとして、沖縄の歴史、特に戦争の爪痕のことを語っていただいた。
沖縄戦の残酷さは耳をふさぎたくなるような話ばかりであった。
慶良間(けらま)諸島の方角から大勢の米国軍がやってきた。
そして一般市民も軍人も見境なく容赦なしに殺戮された。
その数、20万人にも及ぶといわれている。

そして今日がその戦闘が終結した『沖縄の終戦記念日』6月23日である。

NHKほかのメディアでも近年、沖縄戦の悲惨さを伝えているので機会あれば見聞きされれば良いであろう。
沖縄戦を体験した多くの人が、あまりの悲惨さに当時のことを語らず鬼籍に入られている。
ひめゆり隊にいたご高齢の方が家族に連れられ、ひめゆりの塔に向かう途中、膝から砕けて入り口から中に入れず只々『ごめんなさい。ごめんなさい。』と繰り返し涙を流して嗚咽(おえつ)していた話を聞くと、心が痛んで仕方がない。
それでも、資料館などで当時の悲惨な状況を風化させないよう取り組んでおられる人もいる。

現在の沖縄は一大観光地・リゾート地と化している。
しかし、沖縄は今でも『米国軍に進駐された場所』でもあるのだ。
実は、沖縄滞在中、自動車同士の事故に遭遇した。
片方は米国軍属(軍隊内で働く人)だったらしく、日本の警察より先にMP(ミリタリーポリスの略)が到着し何やら処理をしていた。
数分遅れて日本の警察が到着するも、MP相手に手をこまねいているようにしか見えなかった。

私たち本土(沖縄の人はそう呼ぶ)のひとは、ニュースでしか沖縄のことをしらない。
改めて沖縄の歴史の上に私たちが平和に生きてこられたことを感謝しなければならないと強く思う。

1945年から沖縄は米国の統治下となり、1972年5月日本に返還された。
1978年7月、道路交通法がそれまでの米国流の車両右側通行から本土流の左側通行へ。
しかしながら、戦争が落とした傷跡はいまだに癒えぬ・・・

(安曇野市内の信号待ち風家 筆者撮影)
ちょうど一昨日の6月21日は車両の左側通行が東京府(当時)で施行された日でした。
車両の通行規制は1900年明治33年に施行されたそうです。
その話を聞いて、沖縄で起きた通行方式の変更による大騒動を思い出し、沖縄終戦の日を思い出しました。
(1978年7月沖縄では、米国式右側通行から日本式左側通行にかわりました)

とりとめのない話にお付き合いいただきありがとうございました。

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