葉月十五日

2018年08月15日

八月も半ばとなりました。
日中は過去に例がない猛暑が続いています。
73年前の8月・・・
大東亜戦争(太平洋戦争、第二次世界大戦とも表記)が終結。
新しい日本の国家作りが始まったときでした。
今日15日は、当時の大日本帝国が、ポツダム宣言を受託し無条件降伏を受け入れ終戦を迎えました。
その直前・・・
6日には人類史上初めて広島に原子爆弾が落とされ、一瞬にして20数万もの人々の命を、
9日には長崎でプルトニュウム爆弾が投下され、10数万の人々の命を奪い・傷つけました。
15日の玉音放送(それまで天皇陛下の肉声を電波で伝えることはなかった)で、全国民に対し戦争の終結を宣言されました。
戦後生まれ育った私は「戦争」を知りません。
戦争についてのかすかな記憶をひもとくと・・・
小学2年の担任(故稲富先生)が大陸(満州国か?)を経験されていました。
授業の合い間に、話が脱線することもしばしありました。
そんなときは決まって、大陸でご覧になった情景を熱心に話されたものです。
地平線に沈む夕陽の美しさ、
今にも落ちてきそうなお星さまの数々、
狼の遠吠えに身を硬くしたこと
・・・こんな話をしていただいた記憶があります。
在所は元海軍鎮守府だったため、旧海軍に関しては親しみがもてました。
通りの名前には日露戦争で活躍した戦艦の名前が命名されていたこともあります。
特に旗艦三笠には、祖母の故郷(愛媛の松山)出身の秋山真之が乗艦していました。
ロシア帝国のバルチック艦隊を撃破した日本海海戦。
「敵艦隊見ゆとの警報に接し、連合艦隊は直ちに出動、これを追撃せんとす」
海軍省への出動報告の通信文に、
「本日、天気晴朗なれど浪高し」
と付け足したのはあまりにも有名です。
その指示をしたのが松山の出身、秋山真之だったとされます。
秋山の親友には正岡子規がおり、秋山の文才は子規譲りとも言われます。
戦後、郷里は大陸からの引揚と、迎えに来る人々でごった返します。
二葉百合子さんが歌っていた「岸壁の母」そのものです。
戦後間もない頃・・・
民間人を乗せた「浮島丸」が大爆発を起こして沈没する事件がおきました。
中学1年の学年主任(土佐先生)は
「海面に漂う亡骸を一体一体引揚げて、荼毘にふした・・・」
と、辛そうな表情で語っていたのを思い出します。
ここ、信州とは縁もゆかりもないような郷里「舞鶴」・・・
実は信州からも満蒙開拓団として大陸に移り住んだ後、
引揚げ船で舞鶴を通って帰国した人も多くいらっしゃいました。
知人のお父様が舞鶴に赴任されていたと聞くこともありました。本日朝一番、氏神さまに詣でました。
日ごろの感謝を伝え、一日一日見守っていただきますよう祈念いたしました。

「今日という日は戦火に散った人々が、夢や希望を抱きながら生きたかった日……」なんですよね。
一人でも多くの皆さまが私どもの事業を通して、より一層幸せになって頂けるよう願っております。

(写真:若一王子神社三重塔)


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