映像がないラジオ

2015年03月22日

3月22日
日本気象協会の桜開花予想によると、例年より少し早めの開花になるそうですね。
春先は木々の開花も楽しみですが、それと共に花粉が気になる季節でもあります。
(一昨日から、くしゃみ鼻水がとまりません・・・)
さて、この3月でラジオ放送が開始されて今年で90年の節目を迎えるそうです。
1925年に始まったラジオ放送・・・当初は全て社団法人の地域放送局でした。
東京局が3月、大阪局が6月、名古屋局が7月に開局し、翌年に3社が統一し日本放送協会(現NHK)になったそうです。
ラジオ放送は中央から短時間で情報を伝える手段として瞬く間に広がりました。
当時は新聞しかなかった時代。なんて画期的だったことでしょう。
ラジオ放送は、昭和の時代とともにその歴史を刻んでいきます。
多くは戦前から大東亜戦争へと向う日本の姿を伝え、戦時中は軍部の検閲を受け、戦後はGHQの検閲に耐えながらの放送・・・
終戦の日、昭和天皇陛下の玉音放送を録音したレコードをめぐる策略などもありました。
ナショナル ラジカセ
(写真:ナショナルマックロードさんの頁よりお借りした、ワイヤレスマイク内臓のラジカセ。脚光を浴びた昭和50年代の機種)
そして昨日は、選抜高校野球開幕直前に「高校野球の名勝負シーン」を伝えていました。
延長25回の死闘。
延長戦の奇跡のバックホームシーン。
早実の荒木4試合の無失点記録。
東海大相模の原(現巨人監督)。
PL学園の清原・桑田コンビ。
そして星陵のゴジラ松井・・・
映像がないラジオは、言葉で臨場感を伝えるという難しさを感じますよね。
昭和の初期はラジオ全盛、その後はテレビが全盛となり、平成に入りインターネットが台頭。
現在はモバイルでネット・・・と、情報伝達のスピードはこれでもかと言うほど速くなってきました。
色んな情報が瞬時に手に入る時代になりました。
昨日ラジオで脚本家の山田太一さんが戦時中の体験話をしていました。
「小学校三年の頃、回りの人は誰しも戦争に勝てると信じていた。そう信じ込まされていたんです。ところが銭湯にいくと、怖いおじさんが歌ってるんです『自ら志願して戦争に行く馬鹿がいる…』と。非国民だと思っていましたが、戦争が終わると、『あのおじさんは早くから目が覚めていたんだ』という考えに代わったのです・・・。」
周囲の情報に流されず、その先にあるモノを見失わないことも大切であると。
色々考えさせられるひと時でした。
非常時に使える乾電池式のラジオ。
ご家庭でも備えておいていただきたいですね。

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